2021年9月に締結された、東京学芸大学と豊頃町の連携協定。豊頃町の持続可能な地域づくり、双方の教育環境と研究機能の向上を目的としています。

キーパーソンとなるのは、「教育を通じたまちづくり」について活動・研究を行っている鉃矢悦朗教授。鉃矢教授にお話をうかがいながら、豊頃町の教育とまちづくりのこれからについてご紹介します。

オンラインで行われた連携協定の調印式。

子どもも大人も夢中になる「ニョキニョキ新聞紙」

2022年1月31日、東京学芸大学の鉃矢悦朗教授による特別授業が豊頃小学校で行われ、5、6年生の児童が参加しました。実施したのは「ニョキニョキ新聞紙」。2人一組でペアになり、新聞紙をテープでつなげて、それをクルクルと丸めたものを高く引っ張り上げ、タワーのように伸ばしていくというものです。

シンプルな遊びですが、新聞紙が数メートルの高さまで伸びるというのは意外な発見。少しでも高く伸ばしたいと、話し合い協力しながら、試行錯誤を繰り返します。

「もっと新聞紙をきつく巻いたほうがいいんじゃないか」「たくさん新聞紙をつないだ方が安定するし高さが出るのでは?」「一人が体育館の2Fバルコニーに上って支えるのはどう?」など工夫を凝らしたり、他の人の方法をマネしながら、楽しみながら一所懸命に取り組んでいました。

体育館の天井まで届くくらいに新聞紙を伸ばしていきます。特別な技術は必要ない単純な遊びですが、時間が経つのを忘れ真剣になってしまいます。

参加した人すべてが学ぶ「共育」という考え方を大切に

鉃矢教授による特別授業はコロナウイルス感染症の影響により2年ぶりの開催。鉃矢教授は今回の授業の意図についてこのように話してくれました。

「コロナウイルスで塞ぎがちな気持ちの時期だったこともあり、みんなが楽しめるものにしようと思いました。シンプルな遊びですが子どもだけじゃなくて、大人も夢中になってしまいます」。その言葉のとおり、児童はもちろん、先生や体験見学に来ていた町職員も全員が目を輝かせて夢中になっていました。

鉃矢教授が大切にしている考え方は「共育」。教わっているのは児童だけではなく、周りにいる大人たち、そして鉃矢教授自身もそうなのだと言います。「実際、私自身が誰にも負けないぞと熱くなっていますし、誰よりも楽しんで取り組んでいる気がします」と鉃矢教授。「子ども」「大人」、「教える側」「教えられる側」というカテゴライズにとらわれず、参加した人全員が学び、そして楽しむことが大切だと考えているのです。

東京学芸大学、鉃矢悦朗教授。環境・プロダクトデザイン研究室に所属し、主に小中学校の図工の教員を目指す学生に向けて日々指導を行っています。
特別教室の様子。ヒントを伝えながらも、子どもたちの自主性に任せ、自由で楽しい雰囲気で進んでいきました。

鉃矢教授が考える教育とまちづくり

鉃矢教授は、1989年東京芸術大学を卒業後、都市計画や店舗インテリア、住宅などの設計・企画の経験を積み、1994年に独立し「鉃矢悦朗建築事務所」を開業。建築についてもっと勉強がしたいと思い、事務所の経営を続けながら東京芸術大学大学院で「都市と建築の再生」と「市民参加のまちづくり」について研究に勤しむようになります。

鉃矢教授が大学教授の仕事に興味を持ちはじめたのは師事していた前野まさる教授がきっかけでした。前野教授の退官展(大学を退官する際に開催した展覧会)に携わり、研究の足跡を振り返っているうちに「すごく楽しそう!」と思ったそう。若者と一緒に「共育」に携わりたいという思いを抱いていたこともあり、2002年に東京学芸大学助教授に就任し、大学での勤務をスタートさせ、環境やデザインについて教鞭をとるようになりました。

大学内外のさまざまなプロジェクトにも積極的に参加してこられ、2005年の立ち上げから中心メンバーとして活動した「学芸大こども未来プロジェクト」の「遊びは最高の学び!」というポリシーは、鉃矢教授の現在の活動にも大きく通ずるものとなっています。また、東京学芸大学や北海道教育大学など4大学で構成される「HATOプロジェクト」では「教育環境支援プロジェクト」のリーダーとして、教育に向き合い、教育環境としての地域をサポートしていくことに積極的に携わっています。宮崎県延岡市や福島県猪苗代(いなわしろ)町とは連携コーディネーターとして活動するなど、「教育を通じたまちづくり」というテーマで精力的に活動しています。

東京学芸大学との連携協定締結へ

東京学芸大学とのつながりは、掛川ひかりのオブジェ展というイベントに参加していた鉃矢教授と互産互生のイベントで掛川市にいた豊頃町の人たちとの出会いからでした。

豊頃町と掛川市に根付く「報徳のおしえ」の縁から、鉃矢教授につながり、高等学校や大学がない豊頃町における大学生との交流が始まることになりました。

2019年、鉃矢教授が豊頃町に来町して行われた豊頃中学校での特別授業が活動のスタートとなりました。このときは細長く丸めた新聞紙を構造体として組み立てる体験を通じて、チームワークの大切さを学びました。

そして、2020年2月には東京学芸大学の学生2名が豊頃町に2週間滞在。豊頃小学校・豊頃中学校の学校ボランティアや学童保育の補助員として、子どもたちとたくさん触れ合う機会を持ちました。2名は期間中に開催された「カッチコチ祭り」の運営にも関わり、地域との積極的な交流をはかることにも成功しました。さらに同時期に鉃矢教授は豊頃中学校の1・2年生を対象にオンライン授業を行うなどの活動を行ってきました。

豊頃中学校で行われた特別授業では、力を合わせて「新聞紙タワー」を制作し、チームワークの大切さを学びました。
東京学芸大学の学生2名が学生ボランティアとして豊頃町に2週間滞在し、子どもたちをはじめ地域の人たちと交流しました。

その後新型コロナウイルスの流行により思ったように活動できない時期もありましたが、手応えを感じていた豊頃町と東京学芸大学は、2021年9月連携協定を締結するに至ります。多様性や地域特性を生かした町の児童・生徒に対する教育の充実、インターンシップやボランティアの場の創出など、豊頃町と東京学芸大学、双方の教育・研究機能の向上が期待でき、これからの活動が非常に楽しみなものとなっています。

(写真左)菅原副町長、(写真中央)協定書を手にした按田武町長、(写真右)中川教育長。

豊頃町はもっともっと楽しくなる!

鉃矢教授は、豊頃町内の小・中学校(豊頃小・大津小・豊頃中)での教育実習や学生ボランティア活動に期待を寄せています。地方の小規模校だからこそ学び合えることがあると考えているからです。「小規模校で実習をするメリットは、担当するクラスや先生だけではなくて、多くの人とコミュニケーションが取れること、学校がチームで動いているということを実感しやすいことなどが挙げられます。最終日に全校生徒がバルコニーに並び手を振って送り出してもらった、という学生から話を聞くと、とてもうらやましい気持ちになりますね」。豊頃町にとっても最新の教育事情やノウハウを得るきっかけになり、より充実した教育の機会の創出が期待できます。

また、東京学芸大学の学生が豊頃町と関わることで、自然と豊頃町のファンが増えていき、関係人口が増えることは豊頃町の活気に繋がります。「豊頃で過ごした学生は、まわりの人たちに『北海道の豊頃に行ってきたよ』と話題に出すでしょうし、いずれ彼らが教職に就いたとき、豊頃町での体験を子どもたちに話す機会も少なからずあるでしょう。交流を通じて豊頃での経験を大切に思う人がたくさん誕生していくと良いですね」と鉃矢教授は言います。

まちづくりという観点からも鉃矢教授は次のように話してくれました。「東京に住んでいる身からすると、豊頃町はもっと遊べる場所だし、学べる場所だと思っています。食は豊かですし、東京では見ることのできないような素晴らしい風景が当たり前のようにある。子どもも大人も工夫次第でまだまだ楽しく遊べるはず。例えば冬の朝の寒さでシャボン玉が凍るなんて体験、北海道ならではだと思いますよ。地元に住んでいるからこそ気づきにくい遊びや体験を提案していきたいです」。今後は、役場や商工会とも連携して遊びの機会やイベントを創出することも検討中です。

連携協定をきっかけにさらに豊頃町の教育が充実し、東京学芸大学の方々の体験と学びの場が創出されることで、相互の成長と発展につながることを期待しています。